「なぜ私は毎年ミラノ大聖堂へ向かうのか」
- Michiko Sutter

- 8月26日
- 読了時間: 6分
皆さん、こんにちは👋
スイスでは少しずつ気温が下がり、朝晩には秋の気配を感じるようになりました。
真夏には夜21時頃まで明るかった空も、今では少しずつ日が短くなり、季節が冬至へ向かっていることを感じます。
そして8月も後半。もうすぐ9月ですね。
私は2年前から、毎年9月になるとイタリア・ミラノを訪れています。
その目的のひとつが、ミラノ大聖堂で行われる
「Rito della Nivola(ニヴォラの儀式)」です。
「Rito della Nivola(ニヴォラの儀式)」とは?
ミラノ大聖堂の主祭壇のはるか上には「聖なる釘(Santo Chiodo / Holy Nail)」と呼ばれる聖遺物が安置されています。

ミラノ大聖堂の伝承では、キリストの磔刑に用いられた十字架の釘に由来するとされているものです。
普段は大聖堂の高い場所に安置され、その位置は赤い灯によって示されています。
そして毎年9月、この「聖なる釘」を降ろすために使われるのが、雲の形をした特殊な昇降装置「ニヴォラ」です。
2026年は、9月12日から14日までの3日間にわたって儀式が行われます。
9月12日|聖なる釘を地上へ
大司教がニヴォラに乗って大聖堂上部へ上がり、「聖なる釘」を地上へ降ろします。
9月13日|聖なる釘とともに行列
晩課の後、「聖なる釘」を伴った行列が大聖堂内部で行われます。
9月14日|再び上へ
「聖十字架称賛の祝日(Feast of the Exaltation of the Holy Cross)」を迎え、
ミサと晩課の後、「聖なる釘」は再び大聖堂上部へ戻されます。
私には、この3日間の流れがとても象徴的に感じられます。
天上から地上へ。 人々の間へ。 そして、再び天上へ。
なぜ私は、この儀式にこれほど惹かれるのでしょうか。
その背景には、私自身がこれまで教会や像を通して経験してきた、不思議な出来事があります。

私と教会との不思議なご縁
私が初めてバチカンを訪れたのは、25歳頃でした。
その時、ある貴族の女性の肖像画から話しかけられるような、不思議な体験をしました。
当時から霊感のようなものは感じていましたが、今ほど自分の感覚を理解していたわけではありません。
その後、ご縁が重なり、私は何度もバチカンを訪れることになりました。
そして、絵画や像を前にした時、そこから言葉や感覚としてメッセージを受け取るという経験も少しずつ増えていきました。

この頃の体験については、2023年に出版した著書『光の道に導かれて』にも詳しく書いています。
そして2023年12月。
ミラノ大聖堂で、私にとって忘れられない出来事が起こりました。
聖バルトロマイの像の前で
聖バルトロマイ(イタリア語:バルトロメオ)の像の前に立った時、私はひとつの強いメッセージを受け取りました。
「すべての憎しみや悲しみを手放し、 光に向かって魂の光を輝かせ、生きる時がきた」
とても強いメッセージでした。
けれど当時の私は、メッセージを受け取りながらも、「これは本当に受け取ったメッセージなのだろうか?」と、どこかで自分自身を疑っていました。
今振り返ると、受け取ることはできても、それを信頼し、表現する勇気と自信がまだ十分ではなかったのだと思います。
その半年後の2024年6月、私はこのメッセージについてYouTubeで初めてお話ししました。
その後、さまざまな経験を重ねる中で、少しずつ自分が感じたこと、受け取ったことを信頼できるようになりました。
今では、あの「疑い」さえも、私にとって必要なプロセスだったのだと感じています。
2026年、再びミラノ大聖堂で
そして今年2026年のイースター。
再びミラノ大聖堂を訪れた時、私は大きな変化に気づきました。
以前、聖バルトロマイの像が立っていた場所から像が移動し、その場所にはイエスの像が立っていました。

その光景を見た瞬間、私は「新しい時代は、もう始まっている」と強く感じました。
ここからは歴史的な解説ではなく、その時、私自身がミラノ大聖堂で感じ受け取ったことをお伝えしたいと思います。
ここからは、私がミラノ大聖堂で感じたこと
私にとって大聖堂は、単なる建築物ではありません。
そこに立つと、長い歴史の中で多くの人々が祈りを捧げてきた「意識の場」のようなものを感じます。
そして今回、バルトロマイの像が移動し、その場所にイエスの像が(写真)立っている光景を見た時、私の中にひとつのイメージが浮かびました。
聖バルトロマイは、皮を剥がれた姿で表現されています。
私はその姿に、「自分ではないものが剥がれ落ちていく」という象徴を感じました。
周囲から与えられた価値観。誰かの期待。自分自身について作り上げてきたイメージ。
そうしたものが一枚ずつ剥がれていった時、最後に残るものは何なのだろう。
そして、その場所に今、イエスの像が立っている。
その光景を見ながら、私の中に浮かんできたのは「すべてが剥がれ落ちたあとに残るのは「光」という感覚でした。
光を探すのではなく「光を生きる」
そして、その時に受け取ったメッセージがあります。
光は、探すものではない。 あなたが、生きる、そのものが光。
気づくだけで終わるのではなく、現実の中で生きること。
内なる光を、人生として表現すること。
目覚めることではなく、それを「生きる」こと。
いつかではなく、今。
あなたは光を探しに来たのではありません。
あなたは、光として生きるためにここにいます。
今年4月に受け取ったこの言葉は、今の私が大切にしている
「自分と一致して生きる」というテーマにもつながっています。
「光を生きる」と言っても、何か特別な人になるということではありません。
「私は、本当はどう感じているのだろう?」
「私は、本当はどうしたいのだろう?」
そんなふうに自分の内側に意識を向け、その声を信頼し、自分の思いと一致した行動を選んでいく。
その一つひとつが、自分の内側にある光を、この現実の中で表現していくことなのかもしれません。
光は、もはや訪れるものではなく、 生きるものへ。✨
そして今年9月、再びミラノへ
私は再びミラノ大聖堂を訪れ、「ニヴォラの儀式」に参加する予定です。
2023年、バルトロマイの像の前で受け取ったメッセージ。
2026年のイースター、イエスの像を前にして感じたこと。
そして今、私自身もまた変化の途中にいます。
今年のニヴォラの儀式で、私は何を感じるのでしょうか。
どんなメッセージを受け取るのでしょうか。
今からとても楽しみにしています。
また帰ってきたら、皆さんにお伝えしたいと思います。
💎 Michiko Sutter(スッター道子)Author|Channeler|Medium
Guiding people to reconnect with their inner wisdom.
スイス在住。天界から受け取るメッセージや瞑想、スピリチュアルガイダンスを通して、
一人ひとりが本来の自分とつながり、自分自身の答えを見つけるためのお手伝いをしています。
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